冴えないボクの生(性)活

2ちゃんねる大学生活板出身の冴えない男の駄文。

なぜ弱者男性はフェイク野郎を嫌うのか

 フェイク野郎(フェイカー)というのはつまり、弱者男性の皮を被った強者、非モテの皮を被ったモテ、非リアの皮を被ったリア充陰キャの皮を被った陽キャ発達障害者の皮を被った定型発達者...とにかく、自分を下げて、相応と思しきコミュニティに属しながらも(ここでいうコミュニティとは、トゥイッターも含む)、実のところは、内心では周りを見下し、「自分はこいつらとは違うんだ」とほくそ笑んでいるような、腹黒い連中のことを指す。本人が自覚なくとも、そう読み取れるポジションを取っているのもフェイクに該当する。

 さて、そんなフェイク野郎が、どうして弱者男性全般に嫌われてしまうのかといえば、ボクに当てはめて言えば、トラウマに起因するところがあるからだろう。

 例えば、高校時代、コミュ障害仲間だとおもっていた学友が、実は口下手なだけでユーモアセンスに溢れ、いつのまにか、リア充集団の一員に取り込まれ、自分が置いてきぼりにされてしまう、あの、なんとも言えない絶望感、わかる人にはわかるとおもう。

 いや、自分もそうなれるように努力すべきと言われたらそれまでなのだが、ここで自分は棚にあげるところまでが様式美。もののけ姫に出てくる醜いクリーチャーの妬みみたいなもので、あれが、フェイク野郎を嫌う弱者男性の本質だろう。

 この流れから我々は抜け出す事は出来ず、トー横キッズがトー横でお風呂に入らずでんぐり返しをしているのと同じように、"ホンモノ"は今日もフェイク野郎を発見しては糾弾しているのである。